私が開院した理由

元々は患者だった私

私は高校生の時、陸上部に所属していました。
ちなみに種目は短距離です。

昔から体の硬かった私は足の故障に
度々悩まされてきました。

それでも少し体を休めれば
なんとか練習にはついていけました。

ところが高校2年生の冬、練習中のことでした。

万全の状態で練習中にダッシュをしている時、
今までに感じたことのない強い痛みが一瞬、右の腰に走りました。

私は単なる一時的な腰痛と思い放置していましたが
しばらくして、腰に重たい痛みが出て、
その痛みが続くようになりました。

数ヶ月経っても痛みは落ち着かず、
さすがに不安になってきたので
整形外科でMRIを撮りました。

 

診断結果は「腰椎すべり症」

腰の骨のズレによって痛みが出る症状です。

病院の先生によると「完治は難しい。痛みとはうまく付き合っていくしかない」
ということでした。
思った以上に重い状態と知り、大きなショックを受けました。

それ以降は、体調を考慮し、腰に無理のいかないように
練習を続けました。
まだこの頃は、本当に辛いという状態ではなかったのです。

そして高校を卒業して、高知の専門学校へ通うことになりました。

運動もやめ、少しは腰の痛みを忘れることができるかと思いましたが
腰の痛みはますます悪化していきました。

その頃から外出時はコルセット(腰痛バンド)が欠かせませんでした。
痛みが少しでも和らぐように感じたからです。

何とかしたいと思い、整体やカイロプラクティック、
マッサージ、鍼やお灸も受けてみました。

できるだけ先生の言うとおりに通いました。

県外は愛媛県の丹原町まで治療に通ったこともあります。

しかし、目立った改善はなく、
痛みと付き合うこと約8年。

専門学校を出て、続けていた飲食の仕事も
腰の痛みに耐えられず退職。

好きで続けていた仕事だっただけに
本当に無念という気持ちでした。

その後、営業の仕事に就きますが
外回りだったため、またしても
腰痛に悩まされました。

もうこの頃は腰痛のことは
半ば諦め気味で良くならないことは
わかっていながらマッサージに
通っていました。

そして私も20代半ばになり、
諸事情で実家に戻ることになりました。

 

突然の転機

腰の痛みは相変わらずで
目標も失っていた私は
ただただ退屈な日々を過ごしていました。

ところがある日、
母が「近くにこんな整体があるみたいよ」と
チラシを渡してくれました。

どこか惹かれるものがあったのでしょう、
私はこれが最後のつもりで整体に通ってみることにしました。

先生の施術は、今まで受けた中でも最もソフトで
ちょっと変わった整体だという印象でした。

先生の言う通り、何回か続けて通ううちに
痛みを感じないようになりました。

そして、気がついたら楽になっていたのです。

これまでの苦しみは何だったのかというくらい
呆気ないものでした。

そして、それ以降も何度か通ううちに
目標ができました。

「この整体を学びたい」
「痛みで悩んでいる人の力になりたい」

それからの行動は早く、
当時していた仕事をやめ、
整体を学びに九州へ通いました。

時間の融通が効く仕事に変え、
技術習得に励みました。

 

開院

そして2009年11月。
土佐山田町にて「ゆらゆら整体」を開院。

最初はチラシ配りから始めて、
とにかく歩いて宣伝をして周り
少しずつお客さまが来て下さいました。

不思議なものでお客さまが増えるにつれ、
重い症状の方が多くいらっしゃるのです。

当時の私の技術ではなかなか改善しない
お客さまも正直いらっしゃいました。

その度、自分の力不足を痛感しました。
申し訳ない気持ちにもなりました。

もっとレベルを高めたいと思い、
紆余曲折あって今の治療スタイルに
たどり着きました。

できる限り、ソフトに、
体に負担のかからない整体を
追い求め、今も月に数回、
技術のセミナーや勉強会にも参加しています。

痛みや不調でお悩みの方に
楽になったと喜んでもらえるように
初心を忘れず日々、治療に取り組んでいます。

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